我々日本のダイバーは魚を学名で呼ぶ事は少ない。魚類は古くから研究が進んでおり、殆どの種に標準和名が付けられているからである。
対して、ウミウシなど日本の研究者が少ないものは学名読みのものが多い。
ウミウシの図鑑を開いた時に、シフォプテロン、ネンブロータ、グロッソドーリス、ヒュプセロドーリスなど、初めて見る学名に面食らった方も多いだろう。
そんな訳で、今回は少々とっつきにくい学名について書いてみようと思う。
カタカナ読みで馴染みの少ない学名だが、知っておくと何かと面白い発見もある。
オトヒメウミウシの学名は
Goniobranchus kuniei で、ゴニオブランクス・クニエイと読む。
オトヒメウミウシというのは和名で、日本の中でしか通用しない。
アメリカにはアメリカで付けた名前があるし、中国にも中国名がある。
世界中の人が自分の国で独自に付けた名前を使うと、お互いに会話が成り立たなくなる可能性がある。
それを解消する為、国際的なルールに従って決められたものが学名になる。
Goniobranchus kuniei を学名と言ったが、厳密に言うと、これは学名とは呼ばず種名という。
学名は上位分類階級の、門、綱、目、科、属なども含めた全てのものをいう。
オトヒメウミウシを例に当てはめてみると、以下のようになる。
門:Mollusca
鋼:Gastropoda
目:Opisthobranchia
科:Chromodorididae
属:Goniobranchus
種:Goniobranchus kuniei
これに亜目や上科などの階級が入ってくると更に長くなる。寿限無のようだ。
なので、実際には「オトヒメウミウシの学名は?」と聞かれた場合、種名の Goniobranchus kuniei で答えても問題はない。
これ以降も種名を学名として話を進める。
チリメンウミウシの学名は
Goniobranchus reticulata と言う。
reticulata とは細かい網目模様という意味。
学名は2つの単語からできている。
Goniobranchus を属名、reticulata を種小名という。
これを二名法という。
スゥエーデーンの生物学者のカール・フォン・リンネが1735年頃から本格的に採用し、それ以来、生物を命名する場合のルールとして国際的に遵守されている。
尚、学名は斜体で書き、属名の頭文字だけを大文字にする。
ヒョウモンウミウシの学名は
Goniobranchus leopardus と言う。
leopardus は動物のヒョウという意味だ。
以上の3つのウミウシの和名を聞いてもウミウシを知らない人にはピンと来ないかもしれないが、
Goniobranchus kuniei
Goniobranchus reticulata
Goniobranchus leopardus
と言うと、この3種は同じ Goniobranchus属で、近い種だという事が分かる。
学名にはそうしたメリットもある。
学名は基本的にラテン語で表記するように決められている。なので、読み方は少々複雑だ。
読み方自体はローマ字読みで良いのだが、「j」は「y」に置き換えて発音する。
「c」、「ch」、「qu」は「k」に、「th」は「t」に置き換える。 場合によって「v」を「w」に置き換える場合もある。
このウミウシは
Janolus savinkini。
そのまま読むと、ジャノルス・サヴィンキンイだが、上の方法だと、ヤノルス・サヴィンキンイになる。
種小名の最後に「i」や「e」が付くものは発見者や命名に寄与した人物などへの献名であり、その人物の名前と共に付けられている。
カノコウロコウミウシは学名が Cyerce kikutarobabai だ。
種小名はウミウシ研究者の馬場菊太郎博士で、最後に「i」が付くのは男性だという事を意味している。女性の場合は「e」または「ae」が付く。
生物に献名されたという例は非常に多い。 図鑑を見ながらこういうものを探してみるのも面白い。
種小名の最後に「ensis」や「icus」が付くものは、その生物がどこで発見されたか、又はどこの標本を元に記載されたかを知ることができる。
クロヒメウミウシは Metaruncina setoensis で、瀬戸で見つかった標本を元に記載されたことが分かる。
ちなみに、この瀬戸は瀬戸内海のことではなく、和歌山県の白浜町にある瀬戸臨海実験所のことだ。
図鑑などを見ると、学名の最後には記載者と記載年が記されている。
Thecacera picta Baba, 1972
これはツノザヤウミウシを先述の馬場菊太郎博士が1972年に記載したという事だ。
記載者と記載年は斜体では書かず、記載者と記載年の間にはカンマを入れる。
馬場博士が生涯に記載した後鰓類の新種は約112種。この多さは世界でも群を抜いている。
記載者と記載年がカッコで括られている場合がある。
ミガキブドウガイの場合を見てみよう。
Lamprohaminoea cymbalum (Quoy & Gaimard, 1833)
これは、QuoyとGaimard が 1833年に Bulla cymbalum という学名で記載をしたが、その後、違う属に移されて、現在は Lamprohaminoea cymbalum になっているということだ。
最初に記載した人物と記載年を残すことにより、そのウミウシが記載されてから現在までの経緯を追う事ができる。
未記載種の生物を見つけた場合、それを記載するまでの間は名無しの権兵衛になる。
でも、属などが分かっている場合は、属名の後に「sp.」を付ける。
このウミウシは触角や外套の形状からキヌハダウミウシ属だという事は分かる。でも、種までは分からない。
この様な場合、Gymnodoris sp.とする。
この「sp.」は species の略で「種」という意味だ。
日本語で言う場合はキヌハダウミウシ属の1種となる。
同じキヌハダウミウシ属の未記載種がたくさん見つかると
Gymnodoris sp.だらけになる。 これによる混乱を防ぐ為にsp.の後に通し番号を入れて整理する。
上のキヌハダウミウシの仲間を
Gymnodoris sp.1 にしたら、こちらは
Gymnodoris sp.2 にするという具合だ。
日本語ではキヌハダウミウシ属の1種1とか、1種2という呼び方をする。
この番号はそれを整理している人が便宜上付けているだけなので、他の研究者が付けている番号や図鑑に載っている番号とは異なる。
まだまだ細かい事は色々あるが、これくらい知っておくと学名と対峙した時に見方が変わるかもしれない。
学名の事を書いていくと、記載の事にも触れなければならないが、それはそれで長くなるので別の機会に書いてみようと思う。
分類の変更により、オトヒメウミウシなどの属名を Chromodoris から Goniobranchus に変更し、再投稿しました。